ポジションサイジングと相場観にまつわる私流レバレッジ競争論の説明

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ポジションサイジングとは何か。

私にとっては、損をした時の影響を最小限にするため、自分の建玉の大きさを計算し設定することでもあります。

計算とは、相場勘を補完し計画的に進めるためのものです。

過大な期待をすることなく、あくまで適切な相場勘を主軸に対応したいところです。

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ポジションサイジングで計画的にトレード

株に運はつきもので、何から何まで思惑に反するケースは十分あり得ます。

寄り付き直後に持ち株を損切りしてから、チャンスと思われる株にイン。

極小ロット。

上がると思うから買っている訳で、多少の含み益は無視。

明日まで持ち越すぞ、と。

てんびんに賭けて買い逃した5218オハラが場中、ずっと上がり続けました。

ここまで真逆の相場勘。

お手上げです。

オハラを買っておけば、本日の収支は同額のプラスだった訳で。

曙ブレーキ工は極小ロットでインし、引っ張ってからナンピン。

これでもポジションサイジングは完璧です。

極小でなかったら、大損して今頃寝込んでいますから。

相場勘 > ポジションサイジング?

引けまで下がり続ける可能性も考慮の上、ナンピンしてこれだけの損。

やはり、ポジションサイジングよりも相場勘のほうが大事です。

上がる株を適切にセレクトできれば、ポジションサイジングは関係ありません。

下手くそだからこそサイジングが大事になってくる訳で。

最初から損をする時のことを想定して、サイズを小さくしている訳です。

負けることが前提になっていると言う、実に厳しいお話。

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計算による操作は能力不足をカバーする

そもそもが能力不足をカバーするために計算するのであって、能力にみちあふれる天才に計算をされたら太刀打ちができないことになります。

このため、世の中の競争システムと言うものはたいていの場合、差が開いて行くばかりで、その差異にさらにレバレッジが掛かり、幾何級数的に差が開いて行くと言うこともあります。

その私流“レバレッジ競争論” に基づくと、生き残りのためには自分に少しでも向いているポジションを探すことが大事で、向いていないことをやり続けることは非常に危険なことです。

向いていることを探し続けることの重要性

子供時代にそういうことをしっかり教えて欲しかった気がします。

日本のやり方ですと、向き不向きはともかく、そこで耐えろと。

出来なくてもいい、耐えて何かを学べと。

適性を語るのは甘えであると。

そういうコンセプトが幅を利かせている気がします。

私に言わせると、そのコンセプトは時代に全く合っていません。

努力と計算とポジションサイジングの効用

望むと望まざるに関わらず、否応なしにそのレバレッジ競争システムに組み込まざるを得ないかも知れないこの時代。

所詮がデイトレ、所詮が株とは言え、痛切にそれらを感じさせられます。

競争は厳しいよ、と。

向いていないことをやっても、本人も周りも苦しむだけだよ、と。

努力と計算とポジションサイジングに依存して現実を打開するのは難しい。

出発時点での方向性が間違えているのであれば、それらが徒労に終わる可能性は結構高い。

そのことを最近、常に考えています。

曙ブレーキ工、引けで買い直し、持越しました。

明日上がらないとヤバイかも知れません。